マンションの価値基準が変わってきている。これまで新築マンションを販売するデベロッパーが定めていたプランの基準から、住まう人自身が「心地よい」と感じる空間の基準へと、より個々のニーズに呼応する住まいが時代の主流になろうとしている。リノベーションの黎明期から過渡期へと移り変わる現在に至るまで、「次の時代を測る」ために格闘してきた一級建築士がインテリックス空間設計の滝川智庸だ。「既成概念を覆すのは、本当に難しいんですよ」と、これまで20,000件を超えるリノベーションマンションをスタッフと共につくりあげてきた彼でさえ苦笑いを浮かべる。その闘いは、どうやらまだ続いている。「マンション設計にはいまだに『個室の帖数主義』が根強くあります。ユーザーの『生活しやすさ』ではなく、間取図の上で『何帖』という表記を確保するためだけに、本質的な空間が犠牲になっているんです」。それは、かつて「日本の家づくりのものさし」でもあったと滝川は言う。「デベロッパーが主導で、間取りは『70㎡・3LDKで6帖をたくさんつくれる設計士が一流』といわれた時代が確かにありました。だけどそうやってできた住まいはLDKが狭く、まともに家具さえ置けないんです。収納だって足りない。当然ですよね。そこでの暮らしのことを第一に考えてつくられていないわけですから」。そして今になってリノベーションされているのは、そうしてつくられた数多くの中古マンションというわけだ。リノベーションにあたり、インテリックス空間設計では滝川指導のもと「最小寸法」という、生活するうえで最低限必要となる寸法を独自に定めた基準を用いる。「たとえばクローゼットの奥行なら男性用のジャケットがちょうど収まる53㎝。キッチンの作業スペースであれば、スムーズに調理ができて食器の出し入れにも支障のない75㎝。ゆとりあるLDKや、必要な収納スペースをきちんと確保するために、最小寸法を駆使して空間を再構築しています。だからこそ私たちは測ることをおろそかにしません。1ミリ1ミリの違いが、最終的には大きな暮らしの満足度の違いになりますから」。彼はポケットに、いつもスケールを忍ばせている。昔から、つい身の回りのものを測る癖が抜けないのだと笑う。時代が変われば、住まいに求められる基準は変わり、進化していく。手に馴染み、使い込まれたスケールは、次の時代の価値を測る「新しいものさし」でもあるのだ。